「揺れる大欧州」アンソニー・ギデンス著 岩波書店
2016-01-24


ここのところ、ヨーロッパをテーマとした著作が数多く出版されている。本書はその中でも、客観的かつ多角的に論じている。

本書の独自な視点は、EUのガバナンスを「EU1」、「EU2」、そして、「紙のヨーロッパ」と定義して述べている点にある。
すなわち、「EU1」は欧州委員会が中心となり各国議会や市民とはかけ離れた少人数で行われ一歩ずつ歩を進める手法を指す。一方で、「EU2」は正式機関が対応できない状況の時に大国が対応に乗り出しなすべきことを絞り込み実行することをいう。そして、「紙のヨーロッパ」とは、欧州委員会やEU組織が作った将来計画や工程表のことを指すが、多くは効果的な実行手段がないまま実現できず夢のままに終わっていることを例えている。

以下、興味の惹かれた点を書き出す。
まずは緊縮財政について。
「繁栄を取り戻すためには、緊縮財政を乗り越え、さらに長い道のりを進まねばならない。ヨーロッパの緊縮財政は失敗したと結論づけるのが、今や世間一般の通念になりつつある。」
「福祉国家がにっちもさっちも行かなくなっているのは公然の秘密である。」
そして雇用について。
「海外への生産拠点移転や自社業務の外部委託は今や流行らないモデルである。GEは、台所用品や暖房機器の生産に加えてIT業務の多くを米国に戻しつつある。サービス産業にも同じことが起きている。例えばコールセンターだ。…厳密に経済以外の要因もそこに絡んでいる。」

中でも本書で最も注目されるのが、移民についての考察である。
「都市や地域、そしてより広い社会に住む文化集団の生活のありようは極めて多様な接触や関わり、つまり超多様性に取って代わられつつある。ヨーロッパの大都市の幾つかには300以上の言語集団がいる。」
「民主主義は、サハラ以南のアフリカをはじめ中東や極東など世界の他の地域で発展し続けた。民主主義はムスリム経由でヨーロッパに戻ってきた。…同じことは、宗教的な寛容にもいえる。インド皇帝のアショカ王やオスマン帝国も宗教的に寛容だった。他の文化圏からの移民を前近代とみなすつまり西欧だけに育った価値への本質的な脅威と見るのは大間違いである。」

EUには多くの問題があるとしながら、最後にこう述べる。
「より統合されたEUは、世界に確たるパワーとなるだろう。…EUがただ前進するだけではなくその歴史的な限界や矛盾を正していく好機でもある。」
としてチャーチルの言葉を引用する。
「ヨーロッパよ、立ち上がれ!」

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