「リーダーなき経済」ピーター・テミン、デイビッド・バインズ著 日本経済社
2015-02-01


現在の世界経済を混乱状態にあると分析し、ケインズのスワンモデルと囚人のジレンマを使いながら、多角的に分析し、世界経済を危機から救うための処方箋を示す大作である。

その処方箋のために、著者は歴史と向き合うことを示し、イギリスの世紀が終わりを告げるところから始まる。それは、まさに現代が、アメリカの世紀の終わりを告げているのとと呼応しているという著者の見立てによるものである。
この中で、著者が注目するのは、ケインズである。
ブレトンウッズ協定のための構想について当初は反自由主義、保護主義的なものであったことを明かす。その考え方がある時点で国際市場と国際均衡を図る考え方すなわち国際マクロ経済モデルへ転換する。
つまり、経済をうまく運営するための政策目標は対外均衡と対内均衡の両方を達成することでなければならないというものである。その結果生み出されたのが、今日のIMF、WTO、世界銀行である。
これに加えて、戦後の世界経済の復興に役立ったのがマーシャルプランであるが、意外なことに当初は議会からの猛反対があったという。それでも、このプランが実行されたのは、共産主義への対抗というところが大きかった。これを著者は囚人のジレンマによる説明で、うまく解き明かしている。

その後、20世紀後半になると、他国の経済力がアメリカに近づき、結果としてアメリカの賃金に低下圧力がかかり、所得階層別の格差が拡大していった。同時に規制緩和と民営化からなるワシントンコンセンサスと呼ばれる政策によって、金融セクターが力をつけより一部の業界に利益をもたらすことになった。本書で示される所得階層別のシェアの変化のグラフやジニ係数の変化のグラフなど明確に格差拡大が見て取れる。そして、規制緩和と民営化の流れが、世界に広まっていった。
そしてこの流れに、とどめを刺したのが、世界金融危機であり、これがアメリカの世紀の終焉であると著者は断定する。

続いて、ユーロ統一に至る過程とユーロ危機について詳細な分析がなされる。ここで著者は、ケインズが学んだ教訓をヨーロッパは生かしていないとする。その問題点は、インフレの抑制すなわち金融政策のみに依存している点、財政政策を持たない点、賃金の管理が各国に任されていた点、金利水準が域内で同一水準にされた点という4つの構成要素を指摘し、インフレターゲティング以外の構成要素はことごとく失敗だったと断言している。これは、1930年代の金本位制の失敗と類似すると指摘し、その解決策としてはケインズのいう清算同盟のような組織が必要であると断言する。すなわち、ECBが最後の貸し手としての役割を追うことを提案している。

続いて、世界で進む貿易不均衡である。ここで著者は世界の短期金利が0%になり、アメリカの需要が激減し、中国の内需も低迷している単純化したモデルを提示する。ここで生じるのは、世界中で繰り広げられる通貨安競争である。まさに今進行しつつある各国の量的緩和政策である。

そして、最後に囚人のジレンマのモデルを使って、協調的なシナリオ、一国主導型のシナリオ、非協調的なシナリオの3つを提示する。

著者は、アメリカとヨーロッパの諸国(たぶん日本も)は、20世紀の過ちを繰り返すことを目的としているかのようだ、と懸念している。

ここ最近の世界経済的危機から落ち着いているかのように見える今こそ、本書の提示する懸念は重く大きい。

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